カーボンプライシングとは?③〜カーボンプライシングの世界と日本の動向〜【専門家インタビュー】
脱炭素に向けた取り組みの1つに、「カーボンプライシング」があります。ここでは、初心者から脱炭素に詳しい人まで楽しめるよう、専門家にお話を伺いながらカーボンプライシングの現状や動向について解説します。
今回は連載第3回目となっており、世界や日本で炭素税がどのように使われているのかについてお話を伺いました。お話を伺ったのは、アイ・グリッド・ソリューションズ社外取締役のほか、複数の肩書きを持つ有村先生です。
有村 俊秀
アイ・グリッド・ソリューションズ社外取締役
早稲田大学・政治経済学術院・教授
環境経済経営研究所・所長
同・高等研究所・所長
●専門
気候変動、省エネルギー、大気汚染等の環境・エネルギーの問題を経済学的なアプローチで研究。
特にカーボンプライシングを中心とした市場メカニズム(環境税や排出量取引)を用いた環境政策が専門。
世界のカーボンプライシングの動向について
ここからは、世界のカーボンプライシングへの取り組みについて紹介します。世界での炭素税の使われ方や、国内の炭素税の使い方についても触れていますので、興味のある方はぜひ参考にしてください。
ーここからはカーボンプライシングの世界の動向についてお伺いします。世界ではどんな取り組みに炭素税が使われているのでしょうか?例えば、商品の値段に反映しているなど。
なかなかいい質問ですね(笑)世界で初めて排出量取引を始めたのはEUなんですよね。ETS(※排出量取引制度、Emissions Trading Schemeの略)という制度で、EU-ETSで排出枠の値段が高くなってくれば、石炭で発電するのをやめて天然ガスにシフトするというものです。天然ガスは、CO2が同じエネルギー量あたりで石炭の半分なんですよ。導入当初、排出枠の値段が高く、石炭から天然ガスに移るという事例も実際に起きています。
実は、その後リーマンショックがあって。経済活動の落ち込みによって排出量も落ちて、EU-ETSの効果がなくなってきたときに、イギリスがカーボンプライスフロア(※CO2排出量1トンあたりの下限価格を定めたもの)という、最低炭素価格みたいなものを導入したんですね。それによって、発電の中で石炭の量がガクっと下がって天然ガスが増えた。そして太陽光や風力などの再生エネルギーが増えた。
そういったあたりで、発電部門などではカーボンプライスによって企業行動が変わることも起きていますね。
ーなるほど。リーマンショックというと、2008年9月に起こった世界的な金融危機のことですよね。2008年だと10年以上前の話になりますが、最近ですと何か変わった炭素税の取り方をしている世界の例はありますか?
炭素税の場合は取り方というよりも使い方が大事で、日本の炭素税だとガソリンで1リットルあたり0.76円くらいです。そのお金を、日本の場合は省エネ製品や再生可能エネルギーを普及するための補助金として使っています。あるいは研究開発するための補助金や、省エネ再エネの研究に使っていることが多いですね。
国によって炭素税の使われ方は異なります。例えばカナダのブリティッシュコロンビア州では、炭素税を使って法人税を減らし、企業の税負担を軽減することによって、人々のCO2を減らす行動を誘発しつつ企業の経済活動も活発にするという取り組みをしています。これを「炭素税の二重の配当」と呼ぶんですが、何が二重かというと、1つ目の配当はCO2を減らしてクリーンにいくこと。2つ目の配当は経済成長していく、グリーンな成長をしていくということですね。こういった発想で炭素税を使うやり方もあります。
あとブリティッシュコロンビア州がもう1つやっているのは、炭素税をかけた場合、電気や燃料の値段が上がりますよね。すると所得が低い人の負担が大きくなってしまう。そういった低所得層への負担を減らすため、所得の低い人に対して税金で集めたお金を還元してあげるということも行っています。実はフランスでは炭素税の高騰等によってイエローベストムーブメント(※2018年に起きたデモ活動)が起きたのですが、そういうことが起きないようにですね。
ー低所得者へ還元とは、具体的にどういった形で還元されるのですか?
お金を渡すんですね。それによって、低所得者への負担を減らしつつ経済をグリーンにしていくという、そんな狙いもあります。
ーその対策はとてもSDGsの取り組み近いと感じました。低所得層への助けにもなるという点で素晴らしいと思います。
日本のカーボンプライシングの動向について
次に、日本のカーボンプライシングの動向についてお話を伺いました。日本では、東京都と埼玉県が率先してカーボンプライシングを行っているようです。
ー先ほど日本の動向についてもちらっとお伺いしましたが、単純に日本だけ見てカーボンプライシングについて「良くなったな」という点はありますか?
東京都と埼玉県が頑張ってカーボンプライシングに取り組んでいることは褒めるべきことだと思うんですよ。特に東京都はアジアで初めて二酸化炭素の排出量取引を行ったのです。オフィスビルからの排出量が最初の何年かで20数パーセント削減できたので、すごく効果が出ていて素晴らしいですね。
可哀想なのは埼玉県で、埼玉県は東京都に続いて1年遅れで頑張っているのですが、あまり知られていないんですよ(苦笑)。企業の環境担当の人なんかと話すと、「東京都がやってるのは知ってたけど、埼玉もやってたの?」と言われたりします。埼玉県はちょっと可哀想ですけど、今のところ2つの自治体が頑張っていますね。
ー今後そのような自治体が増えていく可能性はあるんでしょうか?
私自身はずっと「日本も(カーボンプライシングの取り組みを)頑張ろう」って言っているんですよ。お隣の中国や韓国は、すでに排出量取引を国全体で行っています。韓国では2015年から全体で始まっているし、中国は東京や埼玉みたいに地方制度を2013年くらいからやっていて、昨年から電力産業を対象に全国で始めたんです。
韓国や中国が日本より先に行ってるので、日本も頑張ろうって言ってるんですけど。東京と埼玉が頑張ってるから、千葉や神奈川から始まって大阪とかでやったらいいってずっと提案しているんですけど、なかなかみんな乗ってこないです(笑)
ー他の自治体が積極的でない理由ってなんだと思いますか?
いろいろあると思うんですけど、1つはマンパワーが足りないということですかね。東京都の場合は人の数も質も充実しているから例外としても、埼玉県は少ない人で頑張っているから他の県でもマネできるんじゃないかと思うんですけどね。でも、どの自治体もマンパワーが足りないとおっしゃっていますね。
あとは対象事業所の数が少ないから、取り組むほどの費用対効果が得られないというのもあります。排出量取引って一定規模の工場やビルを対象に行う制度なので、小さい県だとあまりそういう工場はないんですよね。そういう理由もあって控えめなことが多いです。あと排出量を抑制するイメージも強いので、それに対する企業の抵抗感というのもありますね。
ー企業がやりたがらない、イヤだという…。なるほど。それを踏まえて、日本企業が今後やるべき対策があれば教えてください。
カーボンプライシングって割とエネルギー集約的な産業を中心に嫌われてきたんですけど、最近急に変わったんですよ。経済団体連合会という日本で一番影響力のある団体が、実はカーボンニュートラル、グリーントランスフォーメーション(GX)をやっていくにあたって、重要な要素がいくつかあると。そのうちの1つがカーボンプライシングだと表明したんですよね。特に、明示的なカーボンプライシングの中でも排出量取引をやるべきだ、みたいな宣言を出されたので、実は日本でもこの制度が具体化していくような方向性がかなり明確になってきたのではないかなと思います。
ーそれはいつ頃発表されたのでしょうか?
今年(2022年)の5月です。それと同時に経産省のほうでGXリーグというのをやっていて、「グリーントランスフォーメーションをやる企業は集まってください」と招集をかけたんですね。GXリーグは、削減目標を掲げて、それに向かって自主的に排出量取引をやりましょう、というものです。(2022年の)2月から3月までの間に440社の賛同を集めることができて、それがこれから動き出そうとしています。
ー日本全体としては、これから良くなっていく兆しが出てきたということですね。
そうですね。私が審議会などで10年間以上関わってきた中で思うのが、今まではこういうのはただのコストだと考えられていたのが、これからはカーボンニュートラルやグリーントランスフォーメーションに乗って行かないとビジネスにならないな、とふうに世界観が変わってきているということです。日本企業もそうなってきているので、今後急速に展開していくのではないかと期待してます。
【コラム】日本の炭素税は「省エネ・再エネ対策」にしか使えない!?
「世界のカーボンプライシングの動向」のお話を踏まえ、次に日本の炭素税が何に使われているのかについてインタビューしてみました。お話を聞く中で、日本が世界よりも「脱炭素」に関心がない理由が浮き彫りに。カーボンプライシングを一般向けに周知させるための今後の課題も併せて伺ったので、ぜひ参考にしてください。
日本は炭素税を税制上、「エネルギー特別会計」に分類しているんですね。それによってエネルギーに関すること以外は税金を使うことができないんです。
ーそうなんですか!私が調べたところ日本の炭素税の税収額は2,550億円という多額な金額だったので、一体何に税金が使われているんだろうと気になっているところでした。
税金の用途は、例えば企業の技術開発の後押しをするためなどに使われます。森林ってCO2を吸収するじゃないですか。なので本来CO2の削減に貢献できているはずなんですけど、森林は直接エネルギーに関わることではないので、森林事業のサポートなどには税金は使えないんです。そういう面で、縦割りの税金の弊害みたいなものがあるかもしれません。
ー先ほどおっしゃっていた、(カナダのブリティッシュコロンビア州の)「法人税を下げて企業の負担を少なくする」などの取り組みも、日本では現時点で提案されていないのでしょうか。
はい。私はいつもその話をいろんなところでするんですけど、全然受け入れてもらえないです(笑)最終的にはそういう視点も大事になってくるはずなんですけどね。将来的に税金が足りなくなってくるから、他の税金を取るよりは炭素税からまかなったほうが良いですよね、という話をいろんなところで一生懸命しているんですが、今の法律や税制の枠組みだと、日本では難しいというのが現状です。
ー日本では税金が知らないうちに徴収されていて、しかもその税金は一般消費者の生活には直接反映されていないというのが現状なんですね。そのようなシステムの中では、「国全体でCO2を減らしていこう」という実感が他の国よりも湧きづらいかなと感じました。
エコポイントみたいな形で、省エネ性能の高いエアコンを買った際などに消費者に還元されるというふうにすればわかりやすいと思うんですけどね。
ー確かにそういうのはわかりやすいですね。先ほどお伺いしたカナダのブリティッシュコロンビア州の事例のように、低所得者に還元するという取り組みも一般の方が興味を持ちやすいかなと思いました。
日本では、そもそもカーボンプライシングや炭素税という単語を一般の人が知らないので、いろいろなサービスや政策を進めていく前にまずカーボンプライシングや炭素税について理解してもらわないといけないんですよね。今後、日本ではそのような取り組みも大事になってくるだろうと思います。
第3回はここまでです。次回は最終回「カーボンプライシングとは?④~カーボンプライシングにおいて今後企業が取り組むべきこと~」をテーマに解説していただきます。お楽しみに!
▷カーボンプライシングとは?連載
・カーボンプライシングとは?①〜種類や国内外にもたらす影響について〜
・カーボンプライシングとは?②~今後カーボンニュートラルに関連する企業は増える?!~
・カーボンプライシングとは?④〜カーボンプライシングにおいて今後企業が取り組むべきこと〜
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