脱炭素の推進は「社会インフラをデザインすること」だ【秋田智一×村上誠典】by NewsPicks

100年に一度ともいえる大変革が起きている電力業界。「脱炭素」の掛け声のもと、世界中でエネルギー源の転換が余儀なくされ、日本国内でも最先端テクノロジーを生かした脱炭素ソリューションについて、各所で議論・取り組みが行われている。

そうしたなか、脱炭素はあくまで“過程”であり、その先の未来を描くために「国民全体のリテラシー・価値観をアップデートするべきだ」と語る二人がいる。

エネルギーを「減らす・創る・繋ぐ・活かす」ことで、一気通貫のエネルギーソリューションを提供しているアイ・グリッド・ソリューションズ代表取締役社長の秋田智一氏と企業の可能性をブーストさせ、「サステナブルな社会であることの最適分配」を目指すシニフィアン共同代表の村上誠典氏だ。

これから起こる多くの新産業において、日本が主導権を握れるか否か。そして数十年後の日本における都市計画や生活様式をどう作っていくのか。

それはアイ・グリッドがビジョンに掲げる「グリーンエネルギーがめぐる社会の実現」に掛かっているといっても過言ではない。

すべての土台であり、アントレプレナーシップを発揮できる若者にこそ活躍の場があるという、電力業界の今と未来について話を聞いた。

電力業界は「社会インフラをつくる」業界へ

──村上さんは2021年9月にグロース・キャピタル「THE FUND」を通じて、アイ・グリッド・ソリューションズ(以下、アイ・グリッド)へ出資をされました。どういった点を評価・注目されているのでしょうか。

村上 最初にお伝えしたいのは、今、電力業界がものすごい転換期を迎えているということ。

端的な言い方をすると、これまでは「石油を掘って燃やす仕事」だったものが、都市設計や生活設計など、あらゆる産業の土台である「インフラを作る仕事」へと変化しているのです。

日本では高度成長期の時代に電化が一気に進み、国民の生活を支えるために大規模発電、送電設備が必要とされました。

しかし時代は流れ、世界中で脱炭素が求められると共に、実は長距離送電はエネルギーロスが大きいなどの課題も見えてきて、“グリーンエネルギー”や“分散型の発電・活用”が注目されるようになったのです。

それにより、発電できる場所や時間、分散による効率の上がりにくさなど、様々な制約が出てきました。

しかし、この制約は悲観するべきものではない。むしろ新たなクリエイティブが生まれるチャンスではないでしょうか。

私は昔、宇宙科学研究所(現JAXA)で研究をしていましたがが、宇宙は電力を自給自足するしかない、限りなく制約条件が厳しいところです。

ただ、制約条件が厳しいからこそ、その条件をクリアするための技術やアイデアが必要になります。

こんな制御システムを加えよう、こういう素材を活用しようと、むしろ制約条件がない時よりアイディアが次々に湧いてくるものです。制約こそが、クリエイティビティの源泉とも呼べると思います。

地球にも、エネルギーに様々な制限がかかる時代が来た。だからこそ新たな技術や価値観を得て、各地の都市設計や生活設計まで理解した上で、多くのステークホルダーと共創する必要が出てきたのです。

これからの電力に関連する企業は、「サステナブルでクリーン」だけでは十分だと言えません。

「あなたの街はどうなっていきたいですか」と共に未来を描くところからはじめ、その構築に最適と思われる発電や送電、消費、循環に対するサービスを提案していく。あらゆる産業の「インフラを作る」ことが求められるのです。

アイ・グリッドはそれを叶えるプラットフォームたる材料が揃っている。電力業界という枠を超えた、社会インフラのスタートアップ企業であると思い、投資をさせていただきました。

日本に求められるリテラシーのアップデート

──秋田さんは広告業界からエネルギー業界へ異色の転身をされました。電力業界が大きく変わる転換期の今、何を課題に感じていますか。

秋田 「日本全体のリテラシーをどう上げていくか」が大きな課題だと思います。わかりやすいテーマとして、「脱炭素」があります。

村上さんの著書『サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える』にも書かれていますが、人の価値観は本来、利便性や効率化、エンターテインメント性などに紐づくもの。

脱炭素の推進は、そうした価値観に響きにくいのです。グリーンエネルギーになっても、利便性やエンタメ性を感じられるわけではないので。だから現在の一般的な脱炭素についての認識は、「CO2を減らさないといけないらしいよ」くらい。

そのため、企業や政府の背中を押す「消費者・国民の声」が上がりにくく、「それではわかりやすい、発電の仕方から考えましょう」と議論が偏りがちになってしまいます。これでは村上さんのおっしゃる「石油を掘って燃やす仕事」からの脱皮は難しい。

リテラシーを軸にした新たな価値観を芽生えさせ、「こんな社会って良いよね」「こういう暮らし方こそ納得感があるよね」と、消費者・国民が脱炭素を通して未来を思い描き、声を上げることが大切なのです。

村上 私も同感で、まさに日本人のリテラシーや価値観が試されていると思います。

今の日本、特に消費者は電力に対して驚くほど無関心です。自由に電力を使える時代が長く続き、報道も大規模発電設備に偏っているなど、危機感を持ったり自分事に感じられたりする機会が少ないことが原因でしょう。

しかし電力とは発電だけでなく、分配、送電、蓄電、消費など、本来はチェーンとして考えなくてはならないもの。そうするとサプライチェーンの末端にいる私たち消費者は、非常に重要なステークホルダーなのです。

今は政府が中心になってエネルギー政策を考えていますが、もし国民の一定数が「電気は昼に使います」「グリーンエネルギーしか使いません」などと行動様式を変えたら、政策の根本である前提が変わる。

消費者、つまり国民はそれくらい強いんです。

秋田 今は人や企業が東京へ一極集中していますが、テレワークの増加などで地方への人口分散が進んだら、東京で大量に必要とされていた電力が減るので、需給バランスが変わり、送配電網の増強計画にも影響が及びます。

逆に各地の特性に合った、電力の仕組みが必要になってくる。

だから議論の中心にあるべきなのは「電力をどうするか」でなく、「日本で暮らす一人ひとりがこれからどんな社会を描いて、どんな価値観・幸福感を大切にしていきたいか」

電力は未来になくてはならないインフラとして、国民に寄り添っていくのです。

グリーンエネルギーがめぐる世界の実現を目指して

──ビジョンに「グリーンエネルギーがめぐる世界の実現」を掲げられています。そうした課題を解決するにあたり、アイ・グリッドはどんな戦略、サービスを展開されているのですか。

秋田 村上さんにも評価していただいた、発電にとどまらないプラットフォームを目指して「R.E.A.L. New Energy Platform®」を戦略の要としています。

一言でいえば、我々のビジョンを実現していくプラットフォーム。地域で作った再生可能エネルギーを地域で循環して利用するところまでを統合的に管理していこうとするものです。

出力が天気に左右され不安定で、かつ分散化される再生可能エネルギーのリソースをAI、IoT、クラウド、デジタル技術を活用して集約、統合管理することで、地域の再生可能エネルギーを余すことなく有効的に利用できるようになります。

家庭や企業、工場などの事業者それぞれに太陽光発電システムや蓄電池といった小規模な発電機能を組み込み、地域全体の発電量を「リソース」として有効活用する仮想発電所の仕組みを「VPP」と呼びます。

アイ・グリッドの子会社であるVPP Japanでは商業施設や物流施設などの屋根に自家消費型太陽光発電の装置を設置し、全国に分散して太陽光発電所を保有しています。屋根に発電所を置くことで自然を切り崩さなくて済むという大きなメリットもあります。

いち早く手掛けたことで今では国内最大級の分散型太陽光発電所を保有するまでとなりました。これらの施設の電力を束ね、運用していくステージに移行し、いよいよVPPとして事業化していくこととなりました。

VPPは今後の脱炭素社会を担う大きなキーワードとなっていくことと確信しています。

作った電力は基本的にはその施設自体で使っていただきますが、施設で消費しきれない電力についてはアイ・グリッドが購入し、スマ電CO2ゼロの電力として地域の企業やご家庭への販売を行っています。

地域で作った電力を、地域内で消費いただくという、グリーンエネルギーの循環を目指しているのです。

まさに我々の「R.E.A.L. New Energy Platform®」はVPPプラットフォームとも言え、地域のGX(グリーントランスフォーメーション)の実現に大きく貢献します。

村上 食べ物の地産地消と似ていますよね。地域で食材を作り、販売し、飲食店や販売店も作り、消費していく。しかし電力でそれを実現するのは、数段難しい。

なぜなら作り方も、配り方も、売り方も、わかる人が地域にいないのです。だからアイ・グリッドのような企業が必要になる。

また、先にお話しした「リテラシー」も重要です。食べ物は「地のものを消費しよう」という意識が高まっていますが、電力にはまだそれがありません。消費者が電力の出どころや作られ方、コストに意識を向け出すと、変化のスピードが速くなるはずです。

アイ・グリッドではそうした消費者や地域に働きかけるケイパビリティもお持ちですよね。

秋田 弊社はもともと「エネルギー消費行動の変容」を生業に創業しており、こうした知見にAIを組み合わせて、ストレスフリーで効率的なエネルギーマネジメントを行っています。

AIによって施設ごとの電力使用量を予測し、季節や天気、店舗の運営状況に合わせて最適な電気の使い方を促す仕掛けをタブレット上に表示させています。

主に店舗で利用いただいているのですが、従業員が自然に脱炭素に繋がる電気の使い方を誘導する仕組みを作っています。

これらの電力ビッグデータをさらに応用、進化させているのが「R.E.A.L. New Energy Platform®」です。

6,000店舗以上の電力ビッグデータから構築された電力需要予測AI技術を活用したエネルギーマネジメントソリューション「エナッジ®」。これらの技術をR.E.A.L. New Energy Platform®へ応用、進化させている。(写真提供/アイ・グリッド)

村上 これから自動車のEV化が進みますが、それは個人が初めてエネルギーインフラの一部を所有することと同義です。あれは巨大な蓄電池であるとも言えるので。

その時にEVへの蓄電をグリーンエネルギー以外で行ったり、電力消費が多い時間に行ったりすると、「せっかくEVにしたのに何してるんだ?」と疑問が生まれるはず。

そこに寄り添ってくれるパートナー・企業が必要とされるのです。アイ・グリッドのプラットフォームは、今後ますます必要とされていくでしょう。

インフラOSのアップデートに若者の力を

──電力=発電、脱炭素=環境問題と思っていたのですが、全然違うのですね。

村上 これからの電力業界は、「インフラのOSを作っていく産業」と言っても過言ではないと思います。電力という言葉で表現するのは、One of themですよ。

これから世の中がどんどんソフトウェア化、電動化していくなかで、その土台を支えていく業界なのです。

携帯がガラケーからスマホに替わりましたが、もし日本だけガラケーのままだったらと思うと、衝撃的ですよね。スマホはデバイスを輸入して、総務省が5Gの基地局を建てるよう指示すればよかったので、すぐに何とかなりました。

しかし電力インフラは、もっと複雑で時間がかかります。日本だけアップデートが起こらずにいると、気が付いたら「日本はなんでそんな街なの?」「どうして昔の生活様式のままなの?」と世界から取り残される事態になり得る。

そうなってから急激な変化を求めると、海外のシステムにお金を払って買うしかなくなってしまいます。

これから起こる多くの新産業において、日本が覇権を握れるか否か。私たちのアップデートとグランドデザインの設計に、未来がかかっているんですよ。

秋田 だからこそ、20代、30代の若い皆さんに、この業界へ飛び込んできてほしい。

これからのメインプレーヤーであり、次世代の子供たちの親となる世代にこそ、自分たちがどんな未来を作りたいのかを中心になって議論し、導いていってほしいのです。

村上 この業界はこれから3つの民主化が起こると思います。それは「エネルギーの民主化」「政府の民主化」「資本主義の民主化」です。

自分たちでエネルギーをつくり、国に任せていた都市設計・生活設計を自分たちで行い、そのなかで多くの産業を作っていく。

こうした変動の中で多くの主権を取り戻し、自分たちで世界を変えていこうとする。そんなアントレプレナーシップを持った若者にこそ、チャレンジのしがいがある業界です。

秋田 まちづくりや社会に対する課題意識の強い方にこそ面白いかもしれません。そうした課題を「電力・エネルギー」というフィルターに通すことで、見え方や解決の仕方が変わってくるので。

電力は、ただ与えられるもので変えられないと思われがちですが、変えることができるし、それを起点に街や産業までをも大きく変えることができます。とても未来志向で、長期思考なものなのです。

秋田 私は、前職は広告代理店に勤務していて、ひょんなことからこの業界に飛び込みました。最初は正直、地味だなと思うこともありましたよ。目に見えなくてわかりにくいですし。

しかし、電力がただの配給システムから、あらゆる産業のOSへとパラダイムシフトが起こるなかで、こんなに刺激的でおもしろい業界はそうないなと思うようになりました。

ダイバーシティインクルージョンという言葉もありますが、様々な価値観をもつ人たちが集まって、未来を描くことが大切です。弊社にも様々なバックボーンをもつ方が入社してくれています。

村上 視野の広い方に、どんどん入ってきてほしいですよね。

そして最後に言いたいのが、プレイヤーとしてアイ・グリッドやこの業界に飛び込むのが難しいという方にも、いち消費者としてこのトレンドや価値観を理解し、後押ししてほしいということ。

圧倒的に大きなテーマなのに世間の認知はまだ低く、社員規模100名ほどのスタートアップであるアイ・グリッドが一番チャレンジングな取り組みをしており、可能性があると言われている状況です。

アイ・グリッドはまだまだ大きくならないといけない。私は投資家という立場で応援をしていきますが、もっと多くの方に仲間として、消費者としてエンパワーしていただく必要があります。

これは電力の話ではありません。多くの産業、パラダイムの変革に寄与する話です。サステナブルな社会は、ここから作られていくのです。

秋田 ほかの業界にいらっしゃる方も、少しこの業界を覗くだけで、危機感と同時に強い意義を感じていただけると思います。

アイ・グリッドはスタートアップの中でも急成長を遂げていると見られがちですが、私たちの目指す「インフラ」という観点だと、現状の10倍、100倍に成長できるビジネスポテンシャルがある。これほどチャレンジングで大きなテーマはないと思います。

この大変革を乗り越え、未来に繋がる新たな社会インフラを共に作っていく仲間を増やしたいと思っています。

(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:中川めぐみ 撮影:大橋友樹 デザイン:小鈴キリカ 編集:奈良岡崇子)

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